(^^) 『ありがとう』教 (^^)

 

この記事を見て ↓

すっかり  魅せられてしまった。

  ☆ しょーがないじゃん

 あのな 「宗教法人 日本うっかり教」 って知ってる?
 日本はさ、憲法で信仰の自由が認められているじゃない。
 だから 「日本うっかり教」 に入信すれば、

 あなたのうっかりは
 憲法で保証されるってわけなの。
 
 うっかりするのは宗教上の信念があってのことなんだから、
 しょーがないじゃん・・・
 
                        泣けるジャズと笑える話 

 

 

半分本気で

『日本うっかり教』を打ちたてようかと思ったほど

これには 

はまった。(^^;ゞ

 

 

 

インターネット売買で 岐阜から本を送ってもらったとき

「ありがとう」の法則 という記事が同胞されてきた

 

「ありがとう」の言葉を使いまくることによって幸福な奇跡が起きる

 

要約すると内容はそれに尽きる

 

年齢×1万回 というから たいへんな数であることは間違いない

まえに預言鑑定をした方が、同じ内容のことを言っていたが

実行するために ノートに書いたり 

いろいろ工夫している とか 言っていたように思う

 

本を送って来た封筒には、

よく見ると ピンクで小さく ありがとう の文字が

びっしり並んで 地模様になっていた

それにはちょっとビックリしたが綺麗だった

 

顔文字みたいな ありがとう のシールも可愛かったし

こういうのも いいんじゃないかと思う

 

年齢×1万回 だから、たいていの人は 何十万回になるから

半端じゃなく ありがとう を言いまくることになると思うが

それだけ ありがとう を 連呼すれば、

細胞ひとつひとつが ありがとう という細胞になる

 

 

 

わたしのところに対面で預言鑑定に来る人の中には、

不幸になる細胞(?)で 出来ているんじゃないかと思うような人がときどきいる

 

そういう人には、

とにかく何でもいいから笑ってすごすようにアドバイスするのだが、

 

その理由は

いつも笑っていることによって

細胞ひとつひとつを 【笑っている細胞】に造り替える(!?)ことを 想定している

 

お笑い番組でもいいし、

コメディー映画でもいい、

ばかばかしさについ笑ってしまう漫画でもいい

 

悲しいときに 

苦しいときに 

 

なにが笑いか、という気持ちになるのは分かる、

 

わたしだってそうだ。

 

しかし

無理して、

楽しい音楽、

元気の良い音楽を聴き、

笑えるサイトで思わずぷっと吹き出し、

自分のカラダを 

『笑っているカラダ』に改造してゆくのだ

 

『笑っているカラダ』になった自分は 

『笑っている人生』を引き寄せる

 

 

 

氣功を習うとき、氣功の入門書にはたいてい書いてあると思うのだが

氣功の練習は

 まじめに一生懸命、やってはいけない という一項がある

 

これを簡単に説明するのはちょっと難しいのだが

すべて、人生にあてはまる

 

まじめに一生懸命やると、こわばってしまう

< こわばってしまうと幸福をシャットアウトしてしまう >

 

まじめに一生懸命やると、余裕が無くなる

< 余裕がなくなると チャンスが来ても気づかない >

 

まじめに一生懸命やると、そこだけに集中しすぎて周りを見回せなくなる

< 自分だけで何とかしようと思うから、ますます小さな世界に はまってゆく >

 

    ・・・ニュアンスが 伝わっただろうか?

 

ところで

『放鬆』(ほうしょう)というのを、前に書いたが

かたちの中にリラックスがある

自然に、どこにも無理な力が加わらなくて、それでいて、かたちが決まっている

脱力とは違う、力の抜けた美しさがある

 

『放鬆』が出来ると、『入静』(にゅうせい)になる

『入静』は ある精神の状態であり

すべての情報が、手の内にあり、精神が拡大して宇宙と同大になり

一種独特の 別の次元に行ったような感覚でもある

禅では禅定と言う、ということも書いたと思う

『空』(くう)になる というのもこの状態だ

 

ところが、まじめに一生懸命やると、どうしてもこの状態には到達できない

 

肩の力を抜こうと 一生懸命がんばれば頑張るほど、肩に力が入る

リラックスして入静になろうとすればするほど、あせって遠ざかる

 

「ありがとう」の法則を実行する人も ぜひ楽しんでやってもらいたいものだ

まるで(^^)『ありがとう教』(^^)に入信したように、

ゲーム感覚で楽しんでやったもの勝ちだ

 

すべての成功法則がそうだと思う

肩の力を抜いて、楽しんでやれば、たちどころに実現すると思うのに

 

りきんで生真面目に願望実現のアファメーションを唱えるほど

チャンスはその人の目前でユーターンして戻っていってしまう

 

ユーターンしたときの おこぼれのチャンスを それだと錯覚して、

ますます力が入ったのでは元も子もない

 

 

人生は楽しまなくちゃ〜(^^)

 

 

「うっかり教」の教祖になりたい鳳翔でした・・・

 

 

 

2004.2.20