その人は       ―愛の日々―

 

 

 

その人は いつも笑わせることばかり考えている

妻を笑わせ、幼い我が子を嬉しがらせ

彼のいるところは 笑いが絶えない

 

 

 

その人は 夫が去ってしまったことを拒否している

カーテンを閉め 夫が好きだった音楽をかけ

夫が好きだった服を着て 誰にも会おうとしない

 

 

 

その人は、トラックを運転している

壊れた夢の断片を拾い集めて

妻と 子供たちが待つ 家に帰るために

 

 

 

その人は  息子が亡くなったことを拒否している

息子の好物を買い、息子が息づいているように話し、

息子が帰ってくる気配に 耳を澄ませている

 

 

 

その人は  悲しい思い出を 拒否している

愛し合った日々の思い出は その人の記憶から消え

自分がその何年間かを どう過ごしていたか思い出せない

 

 

 

おさなごは 世界に向かって 泣き叫んでいる

泣いている理由は もう 思い出せない

ただ こみあげてくる衝動に 身をまかせて 泣いている

 

 

 

その人は  空を見ている

いつか 不可能と思われるような 今の夢を

かなえて 笑っている自分を 空に描いて

 

 

 

その人は  手紙を読んでほほえんでいる

白い便箋につづられた文字が

彼女への愛を 告げている

 

 

 

その人は   夢中になってものを作っている

彼の頭の中の 完成図は 舞いおどり

夜も眠れないほど

 

 

 

その人は ため息をつく

愛する人のために編みかけた セーターを置いて

恋人から 贈られた指輪を見て 幸せなため息をつく

 

 

 

その人は やけっぱちになって 飲み明かしている

言わなきゃ良かった一言を

投げつけてしまったときの 彼女の顔が 胸に突き刺さる

 

 

 

その人は  重い心を抱いている

なにが どうというわけじゃない

ただ 重苦しい思いを抱いて 途方に暮れている

 

 

 

その人は 花屋の店先に立っている

片手には 大きなケーキの箱を抱えて

雑踏の響きを 楽しんでいる

 

 

 

その人は 先に立って歩いている

初めてのデートに緊張して 自然に早足になる

彼女が 息を切らせながら 一生懸命ついてくるのがわかる

 

 

 

その人は タキシードに身をつつんで

泣くまいと こらえている

母親を亡くしたばかりの 娘がとつぐ日に

 

 

 

その人は  「ただいま。」 と 

玄関を開けたところを 思い浮かべている

ふるさとから遠く 病床に伏しながら

 

 

 

そのひとは  はにかんでいる

思いがけない偶然の出会いに 戸惑いながら

思いを告げる彼の声に 顔をあげられずに はにかんでいる

 

 

 

その人は  聞いている

笑い声

いまはもう 聞こえない  その声を 聞いている

 

 

 

その人は  話を聞きながら 上の空になっている

くたくたに疲れたからだを ベッドに投げ出したくて

うなずきながら ほほ笑んでいる

 

 

 

その人は  自分の思いを持て余している

湧きあがる憎しみに 自分の心をどうすることもできず

立ちすくんでいる

 

 

 

その人は  愛している

求めても 求めても 返ってこない愛だとしても

その人は 求め続けずにはいられない

 

 

 

その人は  夕暮れにたたずんでいる

終わった試合を 心の中で繰り返しながら

その歓声を聞いている

 

 

 

その人は  彼女に電話をかけている

言おうと思っている言葉が 頭の中でぐるぐる回る

思いが強すぎて なかなか言葉にならない

 

 

 

その人は  海をみている

愛を乗せた船が

来ないかと思って

 

 

 

その人は  愛をつむいでいる

ただ 存在することによって

ただ その人自身であることによって     ・・・そう あなた。

 

 

 

 

 

2004.2.23

 

 

 

 

 

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